積丹町 島武意海岸の謎の石垣

積丹町に「日本の渚百選」にも選ばれた明媚、「島武意海岸」があります。

ここに、謎の石垣が残されています。
立派な石垣ですが、建物は無く特に説明看板も無い。
訪問された方の中には「これ何だろう?」と思われた方も多いのではないでしょうか?
私も以前より大変気になっていたので、思い切って観光協会に確認してみました。

すると、御親切にも以下の御返答をいただきました。

「ヤマカギ斎藤家と言うニシン番屋の跡地です。
この旧斉藤家住宅、もう建物自体はありませんが、石垣の横の文字は 『紀念齊藤丈雄』と書かれています。
島武意海岸がかつてニシンの漁場であったことが偲ばれます。」

斎藤家のことはネットで調べてみました。

斎藤彦三郎
天保2(1831)年~明治40(1907)年
鰊角網を発明した漁業家、通称「ヤマカギ」の初代。
脇元村 (五所川原市市浦) 出身。
弘化四年(一八四七)一七歳 のとき単身で松前に渡航し、 鰊や鱈たらの漁に従事し、やがて積丹の出岬(でさき)村(積丹町)に漁場を構えて鰊建網の改良に打ち込んだ。
明治一八年(一八八五)小泊出身の二代目秋元金四郎とともに定置角網(建網)の開発に成功し、鰊漁法に一大革命をもたらした。
嗣子 丈雄(たけお)は、入舸 (いりか)・余市に計一九統を持つ大漁業家となり、昭和六年(一九三一)合同漁業会社を設立し、脇元村に豪邸を構えた。

中泊町のWEBサイトより

石垣には「大正6年 5月」と刻まれています。
西暦1917年。すでにニシン漁のピークは過ぎている頃ですので、この番屋はそれほど長くは存在していなかったかもしれません。

なお、

「余談ですが、現在この付近はマムシの巣があります。
もし、何かの機会にまたこちらへ来ることがあれば、マムシにご注意ください。

とのことでしたので、ご覧になられる方はくれぐれもご注意ください。
石垣の上が巣窟になっているという情報もあります。

2013年8月13日撮影IMG_3143_積丹町-島武意海岸の謎の石垣_lost-workshop_hokkaido_japan

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北海道の貴重な史跡だと思うのですが、放置しておくのはなんか勿体無い気がします。
せめて何か説明板があったら、ここを訪れたことの付加価値が上がると思うんですけどね・・・。


アクセス

大きな駐車場があります。
超狭くて怖いトンネルを抜けると、絶景が広がります。
そして、しばらく急な坂を下ります。
けっこうハードですよ。
でも、見る価値は絶対にありますよ。

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